照明のあゆみ(7)

電気照明の前に

本当ならばここでエジソン、電球、電気照明、と進みたいところですが、コンコルディ屋主人としてはもう一つだけその前に注目したい照明があります。それは「石油ランプ」です。

アルガン式ランプは植物油から始まって、獣脂、鯨油など動物脂までいろいろと燃料を変えて使用されていましたが、1860年ころからそれが石油をもととする石油ランプにかわっていきました。基本は同じのまま燃料油が変わっただけなので、ガラスシリンダーの掃除、芯の切断や入れ替え、燃料の補給など、毎日の面倒なケアに関して何も変わることはありませんでした。芯もなくいつもクリーンで明るい焔をともすガス灯と比べるとその煩雑さは比べようもなかったのです。

ところが、なんと19世紀の後半、石油ランプは居間照明の最たるものとなりました。どう考えてもガス灯のほうに分があると思えるのにどうしてなのだろうか。アルガン式ランプの光もすでにかなり明るく、ガス灯が飛びぬけて明るかったために敬遠されたというわけでもなさそうです。

では、この理由を探していきましょう。

1.まずはこれまでにも述べたとおりガス灯にはどうしても空気の汚れが大きく、気分が悪くなる確率が大きかったりあるいは換気にひどく気を遣うため、どうしても敬遠されたのでは、ということです。

2.つぎに「産業用照明」としてレッテルを貼られたガス灯に強烈な拒否反応があったのだろう、それが潜在意識、あるいは市民の常識としてあったのだろうということです。

3.あるいは、明るさではないもうひとつの違い、すなわち燃焼が進むと燃料が目に見えて少なくなっていく従来の灯りに比べて、ガス灯はそれが全く感じられない、ということでしょうか。生き物ではないのだけれど、まるで愛しい生き物のように手入れをしたり燃料の補給をしてやること、その燃料が時間の経過とともに少なく小さくなっていくことにある種の共感を覚える、ということなのでしょうか。

f0150177_1817545.jpg


そうして考えていくうちに、コンコルディ屋主人にははっと気づかされることがありました。

18世紀末まで、人々は薪やその他の有機燃料による赤みを帯びた光に、自然で正常な明るさを感じていたはずです(現代人の私たちでさえそのことが正しいということを無意識のうちに知っています)。工場であろうと、サロンであろうと、ヴェルサイユ宮殿の鏡の間であろうとそれは変わりありませんでした。

焔を直接目で見て自分と向き合うこともできたし、その揺らめきから何かを感じることも出来ました。

ところがアルガン式ランプの登場とともに、灯りの焔は大きく変わりました。詩情豊かで趣さえあった焔の姿は消え、変わってぎらぎらする発光部が出現したわけです。発光部を直視してももはや何の喜びも得られないばかりか、直視することも不可能になりました。

その過程において、焔から何かを感じることの出来る、また心ゆたかな何かを与えてくれる照明は姿を消したのです。
この過渡期こそ、コンコルディ屋主人は「照明の歴史」にとっての「照明の誕生」に次ぐ2番目の大事件ではなかったかと考えます。
そしてこの時期以降、照明は単に明かりをとるためだけの「道具」になったのです。

ベストではないけれど次にセカンドベストとして人々が家庭の灯りとして許容したのがガス灯ではなくアルガン式ランプだったというのは、そう考えると実に自然な流れだったかとも思えます。上に述べたことのほかに、すこしでも以前の焔から感じた「何か」を大切にしようと、当時の人々は思ったのでしょう。

国や地域によってその切り替え時期はさまざまで幅もありますが、19世紀に入ってから人々は徐々に灯りの持つ本来の暖かさやなごみを日常の生活から消し去っていきました。

付け加えるならば、日本でその切り替えが起こったのは19世紀の最後のほうです。ガス灯もアルガン式ランプもほとんど普及しないまま、いきなり電気照明への変化だったのですが。

f0150177_1817307.jpg

by concordia-light | 2008-03-01 18:18 | 照明と灯かりの歩み
<< キッチンのLED照明・蛍光灯照明 照明のあゆみ(6) >>