照明のあゆみ(6)

ガス灯-その2

世界中のトップを切ってガス灯を導入したイギリスでも、実は一般家庭(特に居室)にまでガス灯が簡単に入り込んだとは言いがたいようです。時期的にも19世紀の末になってやっとガス灯は住まいの中心部まで入りこんできました。つまり、工場などや街灯などで大いにガス灯が利用されたのとは対照的に、最終的にガス灯が家庭用の照明として成功を収めることができたとは言えないのではないかと考えらます。

『英国ガス産業の隆盛』という本には「わが王国の主要都市にガス灯が採用されて久しいが、その間ガス灯は、街路、商店、倉庫、工場、公共建築物などの特定の対象にしか向かないとみなされてきた。・・・注目すべきは、仕事場にはガス灯が不可欠と考えている人のほとんどが家庭生活にもそれが必要だと考えてはいなかったことである・・」とある通りです。
(イングリッド・バーグマンの映画『ガス燈』も街路灯のものであり、やはり居間のものを指しているとは思えない。)

(1)安全性
現代の我々が想像するガスの火力と異なるとはいえ、それでも当時ガス爆発は起こったし、ガス中毒も発生しました。ガス製造工場やガスタンクは住宅街から離れたところに設置すべしとのお達しが出ていましたし、ガス灯で煌々と照らされた部屋にいると、疲れやすく眠くなる、ということは皆が常識として知っていることでした。

(2)焔
「まぶしいほど白く輝き」「白昼のように明るい」ガス灯の光は、薄くガスを放出することで大きな焔を作り出すことができ、また燃焼の方向を工夫することなどにより、どんどんその明るさを増していきました。ご存知のとおり栓を調節することで焔の大きさは調整されるのですが、それでもその明るすぎる光を居間に持ち込むことには大きな抵抗があったのでしょう。

f0150177_17345430.jpg


換気装置の改良、焔を直接目に入れないようにシェードを被せるなどの工夫が次々となされ、一歩一歩家の中に入り込んではいきましたが、その結果は冒頭に述べたとおりです。そして最終的に成功したかどうかの審判を待つ前に、ついに「電気照明」が登場したのです。

劇場に行くと、しばしば頭痛に襲われました。「我々の大多数が劇場や夜の催し物に出かけるのを断念せざるを得ないのは、そこへいくと必ず激しい頭痛が起きるからである。」「書庫のはしごを使って高い本棚から本をとろうとすると、頭と両肩が溶鉱炉のような高温をあび、めまいや吐き気を催す。」(1881年クロムプトン『人工照明と健康』)

そしていよいよ「電気」の時代がやってくるのですが、ガス灯が決してまったく家庭用照明の役に立たなかったわけではない、ということをガス灯の名誉のために申し添えなければなりません。

まずはガス灯のために張り巡らされた地下通路が、つぎの電線を引くときに大いに役に立ちました。ロンドンの街中に当たり前のように電信柱がないのはそのためです。もっともガス管敷設の際にも、上下水道が発達していたために大いに助けられたのではありますが。
(注)日本では、一般的に上下水道よりも電気のほうが早かったし、ましてやガス灯の時代はとうとう来なかったわけで、その意味から、電線が空中を走るのは当然のことでした。ヨーロッパの都市が景観のために電線を地下に入れた、と考えるのは早計なのです。

また、ガスの開閉のための栓は電気照明の最初の時代、そのままの形でスイッチになりました。管を通ってやってくるガスと電線を通ってやってくる電気は概念として同じだった、ということだったのでしょう。

アルガン式ランプのときからシェードはすでに発達していましたが、ガス灯のときにはその眩しさをなんとかしようと従来よりも濃い色のシェードが利用されたりしました。電気の時代にはいっても、それらの経験は大いに役立ち、継承されていったのです。

f0150177_17361941.jpg

by concordia-light | 2008-02-28 17:37 | 照明と灯かりの歩み
<< 照明のあゆみ(7) 照明のあゆみ(5) >>