照明のあゆみ(2)

ロウソクと灯油ランプの時代-その2

中世・ルネサンス期までは厳密に「夜は夜」であり、大きな恐怖の時間でした。都市部ではルネサンス時代に家には必ず鍵をかけろ、とか、必要な外出には必ず灯りを携行せよ、といったお達しがあったようです。

夜になると人は小さくともされた灯火のもとに集い、寝室にもその火を携帯して持ち歩きました。ルネサンス期の終わる1600年ころまでは少なくともそんな時代が続いていたし、これは照明の黎明期からほとんど変わらぬ使い方でした。ロウソクのあったとはいえ、とても高価なもので、庶民に簡単に手の届くものではなかったようですし、またその時代にシャンデリアはなく、高価なロウソクをそんな風に大量に使う習慣もありませんでした。

では、それがどのようにして変化していったのでしょうか。そこに17世紀の2つの流れがあります。(ただ、注意すべきは、これらは大都市を中心にして述べているものであり、田舎のほうとは格段の差があると考えねばならない、ということです。)

16世紀になると一部の大都市で各家庭の玄関(またはその上)に街路を照らすためのランタンが設置されるようになり、17世紀になって、街路灯が設置されるようになりました。いわゆる「公共の照明」の誕生です。家のなかで息を潜めていた人々が夜そとに出ることができるようになったのです。もっとも、近年までは必要な時間帯のみ灯がはいることになっており、街路灯が年中夜を徹して灯されるようになったのは本当に最近のことで、100年少し前のことでした。

一方、17世紀バロックの時代になると、光による催しものが現れました。花火やイルミネーションを使って夜の時間を楽しもうというわけです。中世まではもちろん、ルネサンス期でさえ、祭りは明るい陽光のもとで行われていましたし、先も述べたように夜に騒ぎ立てることは全く習慣としてなかったわけです。それがバロック時代になると、日没後に宴会や集会が始まるようになりました。

私の手元には「The Elements of Style」という英国の本がありますが、このなかで「照明」の項が始まるのもちょうど17世紀、バロックの時代です。それまでの時代にはいわゆる「照明器具」という範疇のものが認知されていなかったことがよく分かります。

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18世紀以降、ヨーロッパの首都で夜の生活といわれるものが生まれ、近代的都市文明の特徴のひとつになりましたが、その起源はこうしたバロック時代の夜の文化にあったのです。1700年ごろ、イギリスに夜の遊園地が作られたのも、そもそも宮廷における祝祭文化を模倣してそれを商売にしたものであり、コンサート、イルミネーション、花火などとともに飲食物が供されたのでした。その後一般の人々もそれらを楽しむようになりました。

先日映画「マリー・アントワネット」を観ました。彼女の映画ですから、当然夜毎繰り広げられる夜会が描かれています。遊びつかれたマリー・アントワネットは朝日に照らされた馬車に揺られてヴェルサイユ宮殿に帰るのですが、すれ違うのはこれから働こうとする市民であり、迎えるのはこれから仕事にとりかかろうとする宮殿の奉公人たちでした。上流階級になればなるほど夜の生活時間が長くなる、というのが当時の常識で、ますます人は夜の生活に憧れ、夜の生活を謳歌するようになったわけです。そして、次々と豪華で新機軸の照明器具が誕生していきました。

同じ映画に描かれたヴェルサイユ宮殿の照明は圧巻です。18世紀の後半になるがまだロウソクと灯油ランプの時代はつづいており、夜の生活が華やかになればなるほど、豪華なシャンデリアの出番となったのであろうことがうかがわれる。今の電球を使ったシャンデリアとは違って、それなりの明るさをとろうとするために一つのシャンデリアに何十本ものロウソクが灯されています。いまは電球のため、それがもっとすっきりした形になっているのが面白いところですね。

ついでに言うならば、マリー・アントワネットの母でハプスブルグ家の女帝マリア・テレジアはその支配下にあったボヘミアのクリスタルを愛し、シャンデリアを作らせました。その系統のシャンデリアが現在も「マリア・テレジア」の名で呼ばれているのもとても興味深いことです。

こうして私たちが現在目にするシャンデリアの原型のようなものが華やかにデビューしたのですが、その背景には当時の人たちが「夜」に服従していた時代を脱し「夜」を征服し始めた、ということがあるのです。

一晩中コンビニで買い物ができる我々のことを当時の人たちが知ったらさぞ驚くことでしょうね。
by concordia-light | 2008-02-09 19:07 | 照明と灯かりの歩み
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